Vanity of vanities

Kei Koba in CER, Kyoto University, Japan

在る と 無い

voidとemptyと、、、えっと、、、無いっていろいろありますよね。。。nothingも?


一つ一つの音が、聞こえてくる音だけではなくて、むしろ音がない、その休符がどれだけの意味を持っているのか、ということが突然大きな波のように押し寄せることがあって、自分はすべてが分かってしまうのではないかという気持ちになってしまうことがあります。5年に1度くらい。いや、10年、20年に1度くらいか。ほんの一瞬どころか、白昼夢だと思うのだけれど。


ちょっと大きな、長年の懸念だった事象にけりがついたり、未解決課題に、とにかく真摯に向き合うしかない、という覚悟を決めたこの頃、そういう心持ちが大きいのか、今日は高速で胸騒ぎがしすぎてどうして良いのか分からなくなりました。あぶないあぶない。


大事なものがなぜ大事か、とか、それがそこに在ることの意味、無いことの意味、が突然どっと分かったような気になってしまい、怪しい心持ちになったのです。あまりのことで車からしばし降りることができずに音を追いかけておりました。


武満徹氏の文章を、再び読み解くことができる心持ちになったのかもしれません。ちょっと大事にしたいなぁ、、、この感じ。

本拠地はこちら http://www.ecology.kyoto-u.ac.jp/~keikoba/