仮説がない「研究」は研究じゃない。
とはよく言われるけれど,,,でも,仮説を立てるのって難しい,,ですよね,,,,
実際のところ,僕なんて,仮説を立てて検証している,,,ように思えるかもしれないけれど,それはうそで,ほぼ100%,最初の仮説は否定されていて,論文に書くときはいったい最初の仮説は何だったか分からなくなっている。自分の手持ちのデータからいえることからもう一度仮説を練り直している,というのが実情。
仮説,なしなら楽だよな,,,,と毎日おもいます。
でも,でもです。
仮説を立てるのは,仮説を明文化すること,仮説を検証するのにどのようなデータをどう見るべきか,というのを具体的に示すようにすることは本当に大事なのです。〜〜が大事なので研究しました,と発表してしまうけれど,それではいけない,と踏みとどまって,仮説という形にしっかりと整形すること。その整形のためには聴衆に,読者に分かってもらわなければならない前提情報があり,それをしっかり提供すること。その情報をきちんと使って,「検証に値する」仮説だと納得してもらうこと,これが大事です。
仮説を立てる,そんな陳腐な言葉で表されることではありますが,,,,やってみるとしんどいのです。ほんまにしんどい。しんどいということはこれまでごまかしてきた,,,ということでしてね。。。。。。うん。考えることは苦しいのです。でも,筋トレと同じです。しんどいことしないと鍛えられません。